【群馬県・公営住宅の母子シェアハウス視察】自治体が運営する母子シェアハウスとは?コロナを経て見えた課題
2019年6月に群馬県の広瀬第二県営住宅内に母子シェアハウス専用フロアが設けられました。全国に現在、22事業者40件の母子シェアハウスがある中で、唯一、公営のシェアハウスとして運営されているものです。
募集対象となる7戸の募集は全て埋まり、現在は満室。どうして自治体が母子シェアハウスを運営することになったのか、運営体制はどうなっているのか、そして運営をする中で見えてきた新たな課題とは。視察とインタビューを通して明らかになったことを紹介します。
庁内の施策提案コンペ「政策プレゼン」で提案、実現へ
2019年に広瀬第二県営住宅内に設けられた母子シェアハウス専用フロア。設立の発端は群馬県庁内で年に1回実施される「政策プレゼン」だったと言います。これは、各課の職員が部署横断でプロジェクトチームを組み、県知事の前で政策提案としてプレゼテーションを行うもので、群馬県ではかなり前から制度化され、実施されているものだそう。
県営住宅の老朽化が進み、建て替えをするか改修を行うかを検討していた時期に、プロジェクトチームが母子シェアハウスの存在を知り、提案につながりました。まずはモデルとなる場所を作り、他の県営住宅に展開していく計画で、当初から当NPOでは必要な設備や設計・改修内容についての相談を受け、アドバイスを行ってきました。
ポイントとして挙げられるのは、群馬県住宅供給公社や県庁内の部署間の連携です。県営住宅の建物は県の住宅政策課が管理を行っていますが、全体の運営は群馬県住宅供給公社が窓口となり、入居の手続きなども公社が担っています。そして母子シェアハウス専用フロアの運営は私学・子育て支援課が行う体制です。複数の部署・組織が連携しながらスムーズに運営できているのも、政策プレゼンによる部署横断チームで開設した経緯が、良い形で影響しているようです。
子どもの入居年齢上限を中学生に引き上げ。その理由は?
母子シェアハウス専用フロアは入居者のみが出入りできるオートロック式。入ったところで靴を脱ぐとすぐ右手には入居者の誰もが自由に使える共有リビングがあり、左手の内廊下を通って各専用住戸にアクセスします。共有リビングはもともと8戸あった住戸のうち1戸をリフォームしたもの。ほかの7戸は専用住戸として内装や水回りをすべて新品同様にリフォームしました。35m2の1LDKが6戸と43m2の2LDKが1戸の間取りは母子シェアハウスとしてはかなり広めです。
母子シェアハウス専用フロアの入口。母子の安全を守るため、オートロックで施錠(画像:群馬県)
母子シェアハウス専用フロアの配置図。専用住戸7戸と共有リビングからなる(画像:群馬県)
入居基準は、前年中の収入が公営住宅法施行令で定める収入基準(収入月額が15万8千円まで(小学校未就学世帯等は21万4千円まで))以下であることと、そのほかの県営住宅の基準に順じます。
2019年の開設当初は対象を「小学生以下の第1子と同居する母子世帯」としていましたが、現在は「中学生以下の第1子と同居する母子世帯」に変更。これは、「小学生までしか入居できないのでは住める期間が短すぎる」といった意見があったことと、義務教育の間は子どもが同じ校区で通えるように、という配慮によるものです。また、2023年6月時点では満室となっているこの母子シェアハウス専用フロアですが、これまでには空室が埋まらない期間もあり、少しでも多くの人に入居してほしい、という県側の意向もありました。
集客は?どんな母子世帯が入居しているの?
2019年の開設以来、全国初の公営の母子シェアハウスということで、広瀬第二県営住宅は多くのメディアで取り上げられました。集客は児童扶養手当の書類郵送の際にチラシ同封したり、地域の情報誌に広告を掲載したり、保育施設で紹介したりしているほか、当NPOの運営する母子シェアハウス専用サイト「マザーポート」でも物件情報を掲載しています。全国から問い合わせができるようになっており、これまでマザーポートを通じて30件近くの相談がありました。
マザーポート内の入居募集ページ(画像:マザーポート)
実際に入居する人は、もとから県内に在住していた人がほとんどだそう。背景には、入居前に現地の見学を必須としていることが大きく関係していると考えられます。DV被害や未婚出産など、それまで住んでいた土地から逃げるように都道府県を超えて住まいを探す母子世帯も多いなか、子どもを抱えながら遠方へ事前の見学に行くことは容易ではありません。
現在、広瀬第二県営住宅の母子シェアハウス専用フロアに入居する母子世帯の子どもは、一人を除いて全て未就学児童です。この4年の間には既に退去した母子世帯もあり、子どもが大きくなって手狭に感じて民間の賃貸住宅に移る人、別の公営住宅に転居する人などがいます。
運営はどのようにしている?入居後のサポートは?実態について聞く
他の公営住宅同様、運営は主に公社が担当していますが、母子シェアハウス専用フロアの生活上のルールなどは私学・子育て支援課の職員が入居する人たちとともに決めてきました。例えば、共有リビングの使い方や、当番制で入居者が掃除を行うことなどです。
共有リビングの様子。キッズスペースや家具・家電も配備(撮影:全国ひとり親居住支援機構)
ティッシュやトイレットペーパーなどの消耗品は入居者から毎月支払われる光熱費のなかで賄われています。公社が予算や収支を管理しており、県から持ち出しで支出しているものはありません。開設当初は専任のコーディネーターが常駐していましたが、入居者のニーズや費用面の問題から
中止となり、現在は常駐する母子シェアハウス専任の管理者はいません。入居者間のトラブルや苦情があったときには子育て支援課の職員が対応し、個別に解決してきました。たとえば、共有リビング内の冷蔵庫の使用方法や土足厳禁の内廊下へのベビーカーの持ち込みなどについて調整をしてきました。
内廊下などの定期清掃を入居者全員で行うこともあり、入居者同士のLINEグループが自然発生的にできている様子だと言います。
入口を入ると右手に共有の靴箱と共有リビングのドア(上)。内廊下と各住戸の玄関(下)は、通行を妨げずに開けやすい横開きのドアになっている(撮影:全国ひとり親居住支援機構)
開設から約4年、コロナを経て見えてきた新しい課題
広瀬第二県営住宅の母子シェアハウス専用フロアが入居者の募集を開始したのは2019年の7月。その後すぐにコロナ禍に見舞われ、空室が埋まらない時期が続きました。そのため県の担当者は集客に注力していたため、入居中のサポートや入居者向けのサービスの検討にまで手が回らなかったことを打ち明けます。
また、各住戸の生活スペースが独立してそこで各世帯の生活が完結できるため共有リビングが十分に活用されていない、コロナ禍で行動が制限されてきて入居者同士の交流が生まれていない、といった課題もあります。同じ棟の1階には地域開放センターがありますが、働きながら子どもを育てるシングルマザーは忙しく、子どもを遊ばせる時間を十分に確保することやこれらの施設を十分に活用されていない現状があります。
今回のインタビュー中、当NPOではこれまで母子シェアハウスを運営してきた実績や多くの運営事業者と共有してきたノウハウから、共有リビングをフードバンクを運営するNPOに開放することで交流が生まれた事例などを紹介しました。
また、現在の入居基準では、子どもが生まれた後、離婚が完了している母子世帯のみが入居対象となりますが、配偶者のDVから逃げようとする母子は離婚ができていない状態であることも多くあります。また未婚で妊娠中の女性も支援が必要とされる人たちですが、現状の基準では入居できないため、困難な状況にある母子を守るためにも、入居要件の緩和が必要であることを伝えました。
視察当日のインタビューは共有リビングで実施。群馬県、地域団体、当NPOのメンバーが車座で(撮影:全国ひとり親居住支援機構)
視察とインタビューを終えて
広瀬第二県営住宅での群馬県の取り組みは自治体が主体となって母子シェアハウスを運営可能であることを示しています。ただ、その際にはいかに柔軟な運用ができるかがポイントだと感じます。群馬県では部署横断の政策コンペにより開始した事業であることが住宅部門と子育て部門とのスムーズな連携につながりましたが、自治体で母子世帯の居住支援を行う際にはこの横連携も欠かせないでしょう。
また群馬県は開設前から当NPOに数回に渡る相談があり、全国の実例を紹介したり、移住施策と絡めた設計のアドバイスを行ったうえで実施に至ったことも円滑な運営につながったと考えられます。当NPOが運営する母子シェアハウス専用サイト、マザーポートへの掲載により数十件の送客をできていることも確認しました。
当NPOでは母子シェアハウス運営のノウハウ提供を行っています。全国的に母子世帯が増え続けているなかで、住まいと各種支援がセットになった母子シェアハウスのニーズは高まっています。一方で低所得であることが多い母子世帯に対し、民間事業者が利益を上げながらシェアハウスの運営を続けるには難しい現状もあります。この状況を改善するためにも福祉を担う自治体で母子シェアハウスを運営する動きが広まることを願い、当NPOは運営者の支援を続けます。